大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和36年(ワ)5101号 判決

判  決

東京都文京区第六天町八番地

原告

柴田貢

右訴訟代理人弁護士

竹田弥蔵

松本重敏

小坂志磨夫

同都中央区銀座西八丁目一番地

被告

株式会社カメラアート社

右代表者代表取締役

野口二郎

右訴訟代理人弁護士

杉本粂太郎

右当事者間の昭和三六年(ワ)第五、一〇一号商標権侵害停止等請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「(一)被告は、CAMERART なる商標を英文写真雑誌並びにその包装に使用してはならない。(二)被告は、原告に対し、金三百万円及びこれに対する昭和三十六年七月十三日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決、並びに、金員の支払を命ずる部分につき仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

(請求の原因等)

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり陳述した。

一  原告は、別紙目録記載の商標(以下甲商標という。」について、登録番号第五五一、四〇〇号の商標権を有している。しかして、その出願の年月日その他は、次のとおりである。

出 願 昭和三十三年六月二日

公 告 昭和三十四年十二月十九日

登 録 昭和三十五年五月三十日

指定商品、旧第六十六類図画、写真及び印刷物類

二  被告は、英文雑誌及び書籍の出版、販売、並びに、写真及び写真用品の輸出、販売を主たる目的として、昭和三十四年四月二十二日設立された株式会社である。

被告は、設立当時から現在に至るまで、その発行する英文写真雑誌CAMERART(以下カメラアート誌という。)について、CAMERARTなる商標(以下乙商標という)を使用している。すなわち、右雑誌の表紙に題号として「CAMERART」と表示し、また、右雑誌を購読者に送付するに当り、左肩上部に、赤地の中にCAMERARTなる文字を浮き出させた包装袋を使用している。

三  乙商標は、明らかに甲商標と類似するものであるから、被告が原告の商標権の指定商品である印刷物類に属する英文写真雑誌について、乙商標を使用する行為は、原告の商標権を侵害するものである。よつて、原告は、被告の乙商標の使用の差止を求める。

四  被告は、その発行するカメラアート誌に乙商標を使用することが、原告の商標権を侵害するものであることを知り、もしくは過失によつてこれを知らないで、甲商標が登録された昭和三十五年五月三十日から昭和三十七年四月二十一日までの間、乙商標を使用した右雑誌をすくなくとも十一回(昭和三十五年四回、昭和三十六年六回、昭和三十七年一回)発行している。一回の発行部数は、七千部にのぼり、一部一ドル(金三百六十円)で販売しているので、被告のカメラアート誌による一回分の利益は、広告収入をも含めて、すなくとも金百五十万円を下らない。したがつて、合計十一回分の利益は、創業当時の事情を考慮にいれても、金五百万円にのぼる。原告は、被告の侵害行為のため、かねて計画していたとおり甲商標を使用して英文写真雑誌を発行することができなかつた。なぜなら、英文写真雑誌は、日本写真業界の広告料収入を収入源としなければ、なりたちえない性質のものであり、また、その主たる販売先は、原告の個人的信用の上に立つものであるから、被告の侵害行為が継続されている以上、原告としては、重ねて英文写真雑誌CAMERARTを発行することができないからである。したがつて、被告の商標権侵害行為によりこうむつた原告の損害額は、昭和三十五年五月三十日から昭和三十七年四月二十一日までの間、被告がカメラアート誌を発行することによつて得た利益額金五百万円に相当する額である。よつて、原告は、被告に対し、損害額金五百万円のうち金三百万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十六年七月十三日から支払いずみに至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

五  かりに、前項の主張が理由がないとしても、原告は、被告の前記侵害行為により原告が甲商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額に相当する損害をこうむるに至つた。しかして、甲商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額は、カメラアート誌一部につき金五十円を相当するところ、昭和三十五年五月三十日から昭和三十七年四月二十一日までの被告のカメラアート誌の総発行部数は、最低に見積つて三万三千部(一回の発行部数を三千として計算。)であるから、原告のこうむつた損害の額は、合計金百六十五万円(発行部数に金五十円を乗じたもの)となる。よつて、原告は、被告に対し、金百六十五万円及びこれに対する前掲昭和三十六年七月十三日から支払いずみに至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

六  なお、被告の主張事実中、株式会社国際産経が、昭和三十三年四月、乙商標を使用した英文写真雑誌CAMERARTの第一号を発行したこと、野口二郎が昭和三十三年九月カメラアート誌の第二号を発行したこと、被告が昭和三十四年四月二十二日から現在に至るまで乙商標を使用してカメラアート誌を発行していること、原告が株式会社国際産経の代表取締役であつたこと、原告が昭和三十三年七月五日株式会社日本工業新聞社国際部長となつたこと、原告が現在外務省アジア局中国課に勤務していること及び、原告が甲商標の登録後現在に至るまで、甲商標を使用していないことは、いずれもこれを認めるのが、その余の事実は争う。

(被告の主張)

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  原告主張の事実中前記一及び二の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二  かりに、乙商標が、甲商標と類似するとしても、被告は、乙商標について、先使用権を有するのである。すなわち、

(一)  株式会社国際産経は、昭和三十三年四月二十三日、乙商標を題号とした英文写真雑誌CAMERARTの第一号を約四千部発行し、うち二、三百部を直接外国へ送付したほかは、残り全部を日本国内における洋書取次店及び販売店、在日米軍のPX、並びに、広告主等に配布した。これによつて、株式会社国際産経が英文写真雑誌について使用した乙商標は、取引者の間に広く認識されるにいたつた。

(二)  株式会社国際産経は、その当時多額の債務のため事業の経営が困難となり、昭和三十三年七月五日を期して、その債権、債務及び事業の一切を株式会社日本工業新聞社に引きつぐこととなつたところ、株式会社日本工業新聞社では、カメラアート誌を廃刊する方針であつたため株式会社国際産経で右雑誌の発行に従事していた野口二郎、等々力国香、山形修一らが職を失うほかなかつたので、同人らは、同人らの手でカメラアート誌を継続して発行することとし、野口二郎が責任者となつて、昭和三十三年七月一日、株式会社国際産経から購読者名簿、購読料前払金、広告主名簿その他カメラアート誌の発行に必要な一切の業務の引きつぎを受けるとともに、乙商標を承継し、野口二郎は、これを使用して、昭和三十三年九月、カメラアート誌の第二号を発行した。

(三)  被告は、昭和三十四年四月二十二日設立された株式会社であり、同日野口二郎からカメラアート誌の営業とともに、乙商標を承継した。被告は、それ以来引きつづき、乙商標を使用してカメラアート誌を発行している。

(四)  したがつて、原告の甲商標の登録出願の日である昭和三十三年六月二日の前である昭和三十三年四月二十三日から株式会社国際産経が、原告の商標権の指定商品である印刷物類と同一の商品である英文写真雑誌について、乙商標を善意で使用していたものであり、乙商標は、カメラアート誌の取引者の間に広く認識されていたものである。野口二郎は、昭和三十三年七月一日、株式会社国際産経からカメラアート誌の業務とともに乙商標を承継し、さらに、被告は、昭和三十四年四月二十二日設立と同時に、野口二郎からカメラアート誌の営業と共に乙商標を承継したものである。したがつて、被告は、英文写真雑誌について、乙商標の先使用権を有するものである。

三  かりに、前項の主張が理由がないとしても、原告が、被告に対し、乙商標の使用の差止及び損害の賠償を求めることは、信義誠実の原則に反するものであるから、本訴請求は失当である。すなわち、

(一)  原告は、株式会社国際産経の代表取締役であつたから、同会社が、昭和三十三年四月二十日乙商標を使用してカメラアート誌を発行したことを知つていたにかかわらず、他の役員にはかることなく、原告個人で昭和三十三年六月二日、甲商標について登録出願をし、その登録を受けた。

(二)  株式会社国際産経は、昭和三十三年六月ごろ、事業の一切を株式会社日本工業新聞社に引きつぐこととなり、同社ではカメラアート誌を廃刊する方針であつた。原告は、その当時、個人でカメラアート誌を引きつつき発行しようと計画したが、資金面が思わしくなかつたため、これを断念した。

(三)  原告が、右計画を断念したのち、株式会社国際産経に勤務していた野口二郎、等々力国香、山形修一らが、カメラアート誌を引きつつき発行する準備を進めていたことを、原告は知つていたのにかかわらず、野口二郎に対し、なんらの異議も申し出なかつた。

(四)  原告は、昭和三十六年三月、株式会社日本工業新聞社を退社し、その後現在に至るまで外務省アジア局中国課に勤務している。したがつて、原告は、甲商標の登録後現在に至るまで、甲商標を使用したことなく、また、英文写真雑誌を発行する計画も、持ちあわせていない。

(五)  カメラアート誌の発行は赤字であり、被告は、他の英文の単行本の発行の利益により、この赤字を埋めている現状である。原告は、株式会社国際産経で、カメラアート誌の発行にたずさわつていたものであるから、カメラアート誌の発行によつては収益があがらないことを知つているはずである。

(六)  以上の諸事実に徴すれば、原告が被告に対し乙商標の使用の差止及び損害の賠償を求めることは、信義誠実の原則に反するものである。

(証拠関係)(省略)

理由

(争いのない事実)

一  原告がその主張するとおりの商標権を有していること、被告は、英文雑誌及び書籍の出版、販売、並びに、写真及び写真用品の輸出、販売を主たる目的として、昭和三十四年四月二十二日設立された株式会社であること及び、被告が設立当時から現在に至るまで、その発行する英文写真雑誌について、原告主張のとおり、乙商標を使用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

(乙商標の使用が商標権侵害かどうかについて)

二 本件登録にかかる商標(甲商標)と被告の使用する乙商標とを比較検討するに、後者は、称呼及び観念において、原告の商標と同一であり、外観において類似していると認められるから、結局原告の甲商標と類似するものといわなければならない。したがつて、被告が原告の商標権の指定商品である印刷物類に属する英文写真雑誌について、乙商標を使用する行為は、被告の先使用権等を有するものでない限り、原告の商標権を侵害するものといわなければならない。

(先使用権があるかどうかについて)

三 しかしなから、被告は、後記のとおり、乙商標について先使用権を有するものということができる。すなわち、

(一)  (証拠)並びに、本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、株式会社国際産経は、昭和三十三年四月、乙商標をその題号として使用した英文写真雑誌CAMERARTの第一号を約三千部発行し、(以上の事実は、発行部数を除き、当事者間に争いがない)、うち、二、三百部を直接外国へ送付したほか、残り全部を日本国内の洋書取次店及び販売店、在日米軍のPX並びに広告主等に配布したこと、右題号は、当時株式会社国際産経において、その役員であつた原告が中心となり、この雑誌のため、とくに新しく考え出したものであること、この雑誌は、純然たる一般誌ではないが、また、写真業界の業界誌でもなく、写真業界の広告に重きをおいた写真雑誌として、むしろ一般誌的傾向をもつものであり、当時他に同種の英文写真雑誌がなかつたこと、株式会社国際産経は、株式会社産業経済新聞社の系列に属する会社であり、株式会社産業経済新聞社をバツクとして営業活動をしており、その営業面で、株式会社産業経済新聞社の一部門と認められるような「産業経済新聞東京本社国際産経」という名称をも使用していたことが、認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。しかして、これらの事実によると、株式会社国際産経が英文写真雑誌について使用した乙商標は、この雑誌の取引者の間に広く認識されるにいたつたものといいうべく、証人山本保の証言及び原告本人尋問の結果中、これに反する部分は、多分に独断的であり、にわかに信用できないし、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(二)  前掲争いのない事実に、(証拠)を総合すると、株式会社国際産経は、昭和三十三年四月ごろ、約一千万円の債務を有していたため事業の経営が困難となり、その債権、債務その他一切の事業を株式会社産業経済新聞社の系列に属する株式会社日本工業新聞社に引きつぐことになつたこと、株式会社日本工業新聞社では、株式会社国際産経の従来の事業を縮少し、人員を整理しようと計画し、カメラアート誌も休刊にする方針をたてたこと、その結果、株式会社国際産経でカメラアート誌の発行に従事していた野口二郎、等々力国香、山形修一らが、職を失なうことになる関係にあつたので、同人らは、同人らの手でカメラアート誌の発行の事業を継続することとし、野口二郎が責任者となり、昭和三十三年六月、株式会社国際産経へ引継のため出向していた日本工業新聞社国際部営業部長山本保と交渉し、株式会社国際産経代表取締役大友六郎、同社監査役兼株式会社日本工業新聞社専務取締役荒木栄吉らの承諾を得て、野口二郎が乙商標を使用してカメラアート誌の第二号以下を発行することになつたこと、野口二郎は、昭和三十三年七月上旬、株式会社国際産経から、カメラアート誌に対する購読者名簿、広告主名簿、前受購読料金等の引渡を受け、その他カメラアート誌の発行に必要な一切の業務を引きついだこと、野口二郎は、等々力国香、山形修一らの協力を得て、昭和三十三年九月、乙商標を使用してカメラアート誌の第二号を発行したこと、被告は、昭和三十四年四月二十二日設立と同時に、野口二郎からカメラアート誌の営業と共に、乙商標を引きついだこと、及び、被告は、それ以来乙商標を使用してカメラアート誌を引きつづき発行していることを認めうべく、右認定を左右すべき証拠はない。

(三) 前記(一)及び(二)の事実によると、原告の甲商標の登録出願の日であること当事者間に争いのない昭和三十三年六月二日の前である昭和三十三年四月から、株式会社国際産経が原告の商標権の指定商品である印刷物類と同一の商品に属する英文写真雑誌について、取引者の間に広く認識された乙商標を善意で使用していたものというべく、また、野口二郎は、昭和三十三年七月、株式会社国際産経からカメラアート誌の業務と共に乙商標を承継し、さらに、被告は、昭和三十四年四月二十二日野口二郎からカメラアート誌の営業とともに、乙商標を承継使用したものというべく、したがつて、被告は、英文写真雑誌について、乙商標の先使用権を有するものということができる。

(むすび)

四 よつて、原告の商標権を侵害することを前提として、被告に対し、乙商標の使用の差止及び損害の賠償を求める原告の本訴請求は、進んでその他の点について判断するまでもなく、理由がないものというほかはないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 楠   賢 二

裁判官 竹 田 国 雄

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例